2018年1月15日
第43回
“家族で住む町”として選ばれるようになった『人形町』
文:荒井直子 撮影:佐藤真美
商業と歌舞伎の中心地として発展
江戸情緒の残る町をそぞろ歩く観光客をはじめ、料亭や洋食店、甘味処などの老舗名店を訪れる人、芝居を楽しみに来た観劇客、そして水天宮を訪れる参拝客など、昼夜かまわず多くの人が行き交う「人形町」。活気と賑わいでいつも華やいだ雰囲気があり、都心でも人気の高い町のひとつである。
人形町の歴史は非常に古く、江戸時代の商業の中心地「日本橋」の隣町として同時に発展。現在の日本橋堀留町・日本橋小網町・日本橋小舟町近辺は京都・大阪から運ばれてくる“下り物”の問屋街として大いに賑わう町になったという。
そうした商業の町である一方、隣の日本橋とは少し違った独特の華やぎがある要因のひとつが、江戸時代に花街と芝居小屋があったことが関係しているだろう。花街は1657年の明暦の大火で早々に人形町から離れたが、現在でも料亭が点在していることはその名残といえるだろう。また、江戸時代最大の娯楽であった歌舞伎は1661年に幕府の命で興行場所を3か所に定められていたが、そのうちの「中村座」「市村座」の2か所が現在の日本橋人形町三丁目にあった。以後約180年間、人形町は歌舞伎の町としても発展した。さらに、町中では浄瑠璃や人形芝居も盛んに行われ、それらの人形遣いが集まっていたことがこの町の由来とも言われている。その後、江戸時代後期に風俗の粛正により歌舞伎小屋はすべて浅草に移ったが、明治時代に入って芝居小屋の開業が自由化されると、久松町に現在の「明治座」が開業。演劇文化は人形町の地に受け継がれていくことになった。
若い世代の人口が急増し、新たな活気がうまれる町に
商業地・問屋街・娯楽の中心地として発展した人形町の風景に少しずつ変化が表れてきたのは、2000年前後だろうか。時は長引く経済停滞による地価下落で住まいの都心回帰が進んだ時期。茅場町、日本橋、京橋、銀座、大手町といった都心のオフィス街のすぐ隣という立地のわりに商店街などの生活利便施設、幼稚園や小学校などの教育機関も整っていたことから、職住近接の叶う住宅地として集合住宅が多く建てられるようになったのだ。人形町の中心エリアである東京メトロ日比谷線・都営地下鉄浅草線「人形町」駅周辺の日本橋人形町・日本橋堀留町・日本橋富沢町を中心に、東京メトロ半蔵門線「水天宮前」駅周辺の日本橋蛎殻町・日本橋箱崎町、東京メトロ日比谷線「小伝馬町」駅周辺の日本橋大伝馬町・日本橋小伝馬町、都営地下鉄新宿線「浜町」駅の周辺の日本橋久松町や日本橋浜町、さらに人形町の周縁部にあたる都営地下鉄新宿線「馬喰横山」駅やJR総武線「馬喰町」駅周辺の日本橋馬喰町・日本橋横山町・東日本橋まで含めると、今では分譲・賃貸ともに非常にマンション供給の多いエリアといってもいいだろう。
人形町はもともとこの地で商売をしていた人が同時に居も構えているケースも多く、都心のわりに居住者の多いエリアではあった。しかしそうした地主は不動産の賃貸を始めて別の場所に移り住む人も多く、代わりに都心で働く若いビジネスパーソンたちが新築されるマンションに移住してきた。中央区が発表している人口の推移を見てみてもそれは顕著で、2004年から2015年の間の増加率は50%以上。とくに30代、40代が家族とともに移り住むケースが多く、30 歳代は56.1%増、40歳代は125.3%増、そして10 歳未満も74.7%増加するなど、働き盛りの世代とその子どもの数が急増している。実際、人形町を歩いてみると子どもの姿が非常に多く見受けられる。オフィスビルやマンションの間には堀留児童公園や十思公園、隅田川沿いには浜町公園などの憩いの場もあるが、どの公園も小さな子どもたちが走り回るすぐ横に休憩中のビジネスパーソンが混在。商業地と住宅地が入り混じる今の人形町という町の特徴をよく表していた。
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