連載コラム 都心*街探訪

2015年10月15日

第16回
大人を引き寄せる街「麻布十番」

文:坂根康裕 撮影:富谷龍樹

周囲は変わっても、「十番」は健在!?

暗闇坂から「元麻布ヒルズ」を望む

港区麻布十番は、「善福寺」(元麻布)より東側、西は古川までの低地一帯である。江戸時代は、門前町として、また水運の要所としても栄えた歴史を持つ。「一の橋」の信号を西に向かうと一方通行の車道両側に歩道が整備され、長らく商店街が続く。メインストリートの麻布十番商店街「十番通り」である。かつて、そのなかほどに「麻布十番温泉」があった。銭湯としては珍しくビルの上階にあり、入口すぐの舞台付き大広間が印象的であった。温泉は茶褐色で、浴槽は一般的な家庭にあるようなごく小さなものだった。都心の真ん中にあった風情ある空間は残念ながら数年前になくなってしまったが、この通りには「豆源」や「更科」といった麻布十番商店街を代表する老舗がいまだ健在である。

麻布十番を取り囲む景色は様変わりした。善福寺に隣接する「元麻布ヒルズ」は麻布と名のつく所在地では稀有な超高層建築物である。坂上にあるタワーマンション「元麻布ヒルズ フォレストタワー」は低地にあたる麻布十番から見上げれば相当な存在感になる。さらに「十番通り」の先には「六本木ヒルズ」のビル群が。「一の橋」東一帯も再開発され、複数のタワーマンションが立ち並んでいる。

だが、これら超高層ビルはいずれも麻布十番アドレスには属さない。所在地内に限れば、一部の大通り(都道高輪麻布線)沿いを除いて、中層の中小ビルが密集するのみ。十数年、変わらない街並みがある。

80年代後半バブル景気の頃は、鳥居坂下近くの「マハラジャ」が有名店のひとつだった。当時は、陸の孤島といわれるほどの不便さが逆にウケた時代なのかもしれない。マスコミなどの業界人が夜遅くまで楽しめる飲食店が多いことは現在も変わっていないだろう。そう考えれば、大型再開発により周辺の建物やそのテナント群、居住人口などは激変、東京メトロ南北線と都営大江戸線が交差する「麻布十番」駅も開設されて交通利便は飛躍的に高まったわけだが、麻布十番らしさはいまだ健在であるような気がする。

アメリカ大使館の前身が「善福寺」に

麻布十番商店街「十番通り」

港区麻布十番所在地内に外国大使館は存在しないが、オーストリア大使館(元麻布)、韓国大使館(南麻布)が程近い。地域内では警備する警察官の姿が頻繁に見られる。外国人が多数来場する「麻布十番納涼祭り」も、いまやその規模の大きさで知られる存在となった。じつに国際色豊かな街だが、もとより「善福寺」はその境内に戦後米国公使館が置かれた場所。神社仏閣と外国の公使館という不思議な組み合わせだが、歴史的に海外と密接なかかわりを持った沿革もまた、麻布十番というロケーションの個性のひとつでもあるのだろう。