2017年5月15日
第35回
約300年かけて隅田川を渡った町『両国』
文:荒井直子 撮影:佐藤真美
イベントの多い賑やかな町
1月・5月・9月の大相撲東京場所では、場所中の約2週間、全国に『両国』の名が幾度となく放送される。また、江戸時代に両国の川開きで打ち上げられた花火が起源とされる隅田川花火大会も毎年7月に開催。これほど安定的に全国区の大イベントが用意されている町は都心のなかでも珍しいだろう。さらに、今年からは東京マラソンのコースが蔵前橋を渡って両国の町を駆け抜けるコースに変更され、町中が賑わうイベントがもうひとつ加わった。
もちろん、そうした大イベントのない時期でも、迫力のある建物も見どころのひとつである『江戸東京博物館』、国技館のなかに併設されている『相撲博物館』、昨秋オープンした両国駅直結の商業施設『‐両国‐ 江戸NOREN』、地元出身の世界的な浮世絵画家・葛飾北斎の貴重なコレクションを収集する『すみだ北斎美術館』(同じく昨秋オープン)など観光施設が目白押し。旧安田庭園や隅田川のクルージング、間近に迫る東京スカイツリーの眺めなど、町の景色や自然環境を楽しめる場所も多い。また、勝海舟や芥川龍之介などゆかりのある歴史上の人物も多く、さらには忠臣蔵や鬼平犯科帳など歴史上の物語にまつわる名所はいくらでもあり、話題にも観光スポットにも事欠かない。隣区にある浅草と並ぶ東京を代表する観光地として知られているのだろう、外国人の姿も非常に多く見受けられる。
中央区から墨田区に移動した『両国』
こうしてイベントや名所を列挙するだけでもわかるように、現在『両国』と言われるエリアは隅田川の東側だ。しかしながら、両国という地名はもともと隅田川を挟んで両側にあったもので、もとはといえば中央区側がメインだったという。江戸時代初期の江戸市街地は現在の東京と比べると非常に狭い範囲で、当時は隅田川が「武蔵国」と「下総国」を隔てる境界になっていた。その両国をつなぐ橋だったことから“両国橋”と呼ばれるようになったのが、隅田川に2番目に架けられた『大橋』(1693年、両国橋が正式名称に)。架橋当時の橋の西側は江戸の中心・日本橋の周縁。江戸幕府の中心的な米蔵があった現在の蔵前にも隣接し、両国橋西詰の火除け広場は見世物小屋や屋台、茶屋が立ち並ぶ賑やかな場所だったという。
一方、1659年の両国橋架橋以前の墨田区側は未開の地。お江戸の中心地から見ると“隅田川の向こう”だったことから、江戸時代には“向両国”や“東両国”と呼ばれていた。明治期に入ってから西側を日本橋両国、東側を本所東両国と呼ぶようになり、戦後になってから日本橋側は東日本橋に代わり西側から両国の名は消滅する。一方、墨田区側は正式に「両国」へ。両国が川を渡って墨田区のものになっていった。
両国の町がこうして次第に移動していった大きな要因は、JR『両国』駅と『両国国技館』の存在が大きいだろう。両国駅はもともと『両国橋』駅として開業したが、1931年に両国駅に改名。国技館は両国橋東側に1657年建立された『回向院』の敷地で行われていた勧進相撲が縁となり、1909年に旧両国国技館が境内に建てられた。その後、蔵前国技館を経て、1985年、現在の地に2代目『両国国技館』が誕生。2000年には都営地下鉄大江戸線『両国』駅も開業し、地名、駅名、国技館すべての“両国”が東側に揃い、完全に隅田川東側の町となった。
下町を代表する歴史ある町というイメージが強い両国も、こうして歴史を紐解いてみると思いがけない側面が出てくるとともに、町というものは年月とともに姿も形も場所も変えていくものなのだと、改めて実感した。
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