連載コラム 都心*街探訪

2015年2月16日

第8回
都心の住宅街「番町・九段」

文:坂根康裕 撮影:富谷龍樹

見張りに適した高台地

一軒家も点在する番町の街並み

地下鉄「九段下」駅直結のビルは、上層部が賃貸住宅である。その南西角住戸から靖国神社方向を眺めると、ある事を発見できるだろう。本殿に向かって一直線に伸びた参道の延長上には、ちょうど富士山が位置しているのだ。参道と平行する神社の脇道は「富士見坂」の名が付いていることから想像できなくもないのだが、まっすぐ向かった先におさまる様子は見事という他なく、先人たちの思いにただ驚くばかりである。

地図を眺めると九段、番町界隈の東西を走る道はほぼ同じ向きであることがわかる。番町の由来は、徳川家康が「大番組(おおばんぐみ)」と呼ばれる警備役の旗本たちを住まわせたところからきている。地勢(ちせい:「地形」の意)は高台。西方を見張ることができたから好適地と考えたのではないだろうか。江戸時代は高層建築物がないため、家路につく家来たちは日々雄大な景色も堪能できたに違いない。

古地図に描かれた番町の街は、非常に細かく区画が割られ、まるで現代の住宅地のようである。当時江戸城に近い中心部は、広大な敷地を有した大名屋敷が点在する場所が多いことを考えると、独特の景観だったと推察できる。「番町を魚のさがるほど尋(たず)ね」どの家も同じように見えたため、魚を届けるのに時間がかかって価値が下がってしまう、という意味の川柳が有名。

利便を取るか、環境を取るか

広大な緑を誇る「イギリス大使館(千代田区一番町)」

「番町」住所は一番町から六番町まで。「九段」は靖国通りをはさんで北と南に分かれ、それぞれ4丁目まで存在している。鉄道駅は前述の「九段下」以外に「市ヶ谷」「四ツ谷」「半蔵門」「麹町」と5駅が含まれる。複数路線乗り入れる駅が多く、JRは中央線と中央総武線、東京メトロは東西線、有楽町線、南北線、半蔵門線に都営新宿線と文字通りマルチアクセスなロケーションといえよう。ただし、ゾーンによって立地メリットに違いがある。JR線が利用できる西、北側エリアの「六番町」や「二番町」、「五番町」または「九段南(または北)4丁目」辺りはどちらかといえば利便性に長け、東、南側エリアの「三番町」や「一番町」、「九段南1丁目」辺りは閑静さが特長の住宅街である。当該エリアへ住み替えを検討する方々は、利便派と環境派に好みが分かれるようだ。

番町は、いまでも大きな一軒家が珍しくない都心の住宅街であるが、近年は徐々に開発も進む。冒頭の駅直結ビル「北の丸スクエア」(九段北1丁目)を筆頭に、ベルギー大使館再開発「ベルギースクエア」(二番町)などが大型プロジェクトとして知られる。かたや数十戸程度の分譲マンションも継続的に新規供給がなされている。もとより高級マンションシリーズとして有名なホーマットが集積する三番町界隈はいまだ閑静な佇まいを残しているも、昨年来当該エリアにおいてさえ工事の仮囲いを散見するようになった。