連載コラム 都心*街探訪

2017年6月15日

第36回
小さいながらも存在感のある町『紀尾井町』

文:荒井直子 撮影:佐藤真美

ホテルや大学、著名な企業が集まる都心の一等地

弁慶堀

町全体の広さは30haにも満たない程度で、住所表示に“丁目”はなく番地表示から。都心のなかでもコンパクトといえる町が千代田区紀尾井町だ。その小さな面積のわりに、『ホテルニューオータニ』や『ザ・プリンスギャラリー東京紀尾井町』(旧赤坂プリンスホテル)といった著名なホテルが2つ、『上智大学』など大学とその関連施設が3つ、クラシックと邦楽専用のコンサートホール『紀尾井ホール』、そして『文藝春秋』や『ヤフー』、『ハウス食品』など名だたる企業が本社を置き、狭いながらも存在感があるのがこの町の特徴だろう。

現在のそうした姿や格式を感じる地名からも想像できるように、紀尾井町は長い歴史を持つ場所だ。江戸時代に紀伊徳川家の上屋敷、尾張徳川家の中屋敷、井伊家の中屋敷があった敷地にできた町であることから、三藩それぞれの頭文字をとって明治時代に紀尾井町と命名された。ほかのエリアにある武家屋敷跡地と同様、広い区画をいかした形で土地利用され、紀伊徳川家跡地が旧赤坂プリンスホテルや文藝春秋本社などに、尾張徳川家跡地が上智大学などに、井伊家跡地がホテルニューオータニなどに活用された。

周辺は都心の一等地らしくモダンな高層ビルや格調高い建物が林立しているが、ところどころに江戸の面影が残されている。たとえば、赤坂プリンスホテル跡地の再開発で昨年新たに誕生した『東京ガーデンテラス紀尾井町』の一画には江戸城赤坂御門の石垣や紀伊徳川邸の石組が移築されている。ホテルニューオータニの敷地に隣接する弁慶橋付近にも石垣が残り、江戸の中心地であったことを静かに伝えている。

“都心には緑が多い”を実感する自然環境

紀尾井町通り

紀尾井町のもうひとつの特徴に、土地の高低差が激しいことが挙げられる。東京メトロ銀座線・丸ノ内線『赤坂見附』駅周辺は低地になっており、東京メトロ半蔵門線・南北線・有楽町線『永田町』駅方面にいくほど高台になる。この高低差を強く実感するのが、ホテルニューオータニの前にある清水谷公園だ。隣接する超高層ビル『紀尾井町ビル』に抜ける道は首都圏近郊の低山をハイキングしているような感覚になるほど鬱蒼とした緑に囲まれた山道になっており、公園前から平河町との境を走るプリンス通りに抜ける階段はスロープを除いても100段近い。また、清水谷公園前から上智大学方面に向かうと、左側にはJR『四ッ谷』駅方面に向かう紀尾井坂、右側には東京メトロ有楽町線『麹町』駅に向かう清水谷坂が続く。

また、ホテルや大学など公共性の高い施設が多いこともあり、都心とは思えない豊かな緑が残されていることも紀尾井町ならでは。前出の清水谷公園をはじめ、紀尾井町通りの八重桜の街路樹、ホテルニューオータニ裏手の外堀沿いの緑など、都心に抱きがちな“コンクリートジャングル”とは相反する姿に驚かされるほどだ。

こうした気持ちの良い環境は暮らす場所として適しているのだが、何しろ都心の超一等地。残念ながら住宅は少なく、国家公務員宿舎や参議院宿舎といった公的な住宅のほかでは、『紀尾井町ガーデンタワー』以外に目立った住宅は見られなかった。ところが昨年、東京ガーデンテラス紀尾井町内に賃貸マンション『紀尾井レジデンス』が完成。“紀尾井町に住む”という選択の可能性が少し広がった。言うまでもなく賃料は張るが、国会議事堂にも歩いて行けるほどの超都心立地、複数駅が使える交通利便性、周辺の落ち着いた環境も含め、紀尾井町に住むことに価値を感じる人は多いのではないだろうか。