連載コラム 都心*街探訪

2017年12月14日

第42回
“2020年以降”にも注目が集まる『千駄ヶ谷』

文:荒井直子 撮影:佐藤真美

広大な武家屋敷跡地をいかした伸びやかな環境

都道414号線の銀杏並木

東京都心というと、高層ビルが林立した緑の少ない大都市を思い浮かべる人も多いだろう。もちろん、商業施設やオフィスが集中したエリアはそのイメージどおりの町も多いのだが、なかには驚くほど自然環境に恵まれた町というのも少なからず存在する。その代表的なエリアが、渋谷区の北の端、新宿区との区境に位置する千駄ヶ谷だろう。

このエリアが自然環境に恵まれているのは地図を見ると一目瞭然で、赤坂御用地、新宿御苑、明治神宮外苑、代々木公園と、都心を代表する広大な緑に囲まれるように存在している。緑豊かな公園ばかりでなく、東京体育館や国立競技場(現在は新国立競技場として工事中)、秩父宮ラグビー場や神宮球場などのスポーツ施設や能楽堂などの文化施設も点在し、空の抜け感も都心の中では群を抜いているといえるだろう。

ほかの都心の町にもいえるように、千駄ヶ谷に公園や大型施設が多いのは、元を辿れば武家屋敷が多くあったからだろう。赤坂御用地は紀州藩徳川家、明治神宮外苑は出羽山形藩水野家や日向飫肥藩伊東家、新宿御苑は高遠藩内藤家の屋敷があった場所であり、代々木公園の一帯も元は大名や旗本の下屋敷街。東京体育館は徳川家下屋敷跡地にできたもので、篤姫の名で知られる天璋院終焉の地でもある。江戸の町の面影はまったく残っていないものの、武家屋敷の存在が都心とは思えない伸びやかな環境を維持することにつながったことは間違いないだろう。

新駅・新路線ができても変わらぬ落ち着いた町並み

建設中の新国立競技場

JR「千駄ケ谷」駅周辺は前述のように豊かな緑やスポーツ施設が多く、駅前にありがちな雑多な商業施設はまばら。また、駅南側には津田塾大学千駄ヶ谷キャンパスもあり、都心の駅前とは思えないほどすっきり整然とした印象だ。こうした大規模施設の周辺にはすぐ閑静な住宅街が広がり、中低層の高級マンションや広い敷地を持つ一戸建ても多い。高級住宅街の証ともいわれるホーマットシリーズのマンションもあり、都心らしい落ち着いた住宅街の風格が感じられる。それでいて、鳩森八幡神社方面に行くと庶民的な商店街もあり、駅から離れるほどカフェやレストランなどが増えるのも面白い。さらに、神宮前方面に向かう細い道沿いには大小さまざまなアパレルメーカーのオフィスやショップ、ギャラリーやインテリアショップも点在。ファッションとカルチャーの町、青山・原宿となだらかにつながっていく町のグラデーションも楽しめる。

山手線の内側に位置する千駄ヶ谷が超都心立地であることは間違いないのだが、以前はJRの路線しか通っていなかったこともあり都心のわりに交通アクセスは単調な印象もあった。それが、国立競技場のすぐ近くに都営地下鉄大江戸線「国立競技場」駅、千駄ヶ谷の西端付近を通る明治通りの地下に東京メトロ副都心線「北参道」駅が開業し、JR「千駄ケ谷」駅周辺以外の利便性も大幅に向上した。とはいえ、新駅はどちらも地下鉄の駅ということもあり町の風景にはさほど大きな影響はないように感じる。近年、千駄ヶ谷と北参道の名前をかけて“ダガヤサンドウ”と言われて注目を集めてはいるものの、整然と落ち着いた町の雰囲気に目立った大きな変化は見られない。

いつの時代も変わらない落ち着いた雰囲気を持つ千駄ヶ谷の町が、近年もっとも注目を浴びたのは2020年の東京オリンピックに向けた国立競技場の建て替えだろう。建て替えにまつわるさまざまな問題は連日ニュースをにぎわせたが、決着後は急ピッチで工事が進み、すでに新競技場の風体を見せるまでに建設が進んでいる。2020年以降の新たなシンボルがうまれることによって千駄ヶ谷の町は新しい価値が生まれるのか、それとも時代の波にのまれることなく変わらぬ姿を見せるのか、2020年以降も楽しみだ。