三井の賃貸

三井の賃貸 レジデントファースト

バーでも家でもない、もう一つの居場所

早めに仕事を切り上げ、有明に向かう。

行く先は、半年前に竣工した大規模マンションである。そういえば、このワイン会が最初に開かれたのも有明だった。タワマンの最上階。バーやテラス、プールまである当時話題の物件だ。あれが2013年だったから、この会も十年以上続いている。

メンバーはSNSを通じて、誘い誘われた人たちの集まり。毎回顔ぶれが同じというわけでもない。入れ替わりに違和感がなくなると、初対面かどうかもあまり気にならなくなる。
ワインに詳しい人はいるが、多くは気軽にワインを楽しみたくて集まっている。白や赤、シャンパンなど色んなワインを飲んで、とりとめのない話をする。雑談にテーマはない。話題があちこち飛ぶが、まとめ役はいないし、そもそもその必要性を誰も感じていない。

ルールというわけではないが、一貫する決まりごとのようなものがある。それは、この会が、マンションのパーティルームで開かれること。そして、参加者それぞれがワインとつまみを持ち寄ることだ。エントランスロビーなどに集合して、パーティルームに入ったら、皆で皿に分ける。片付けも自分たちでする。人数はたいてい6,7名。多い時でも10名を超えない。そして、同じマンションで開催されることはめったにない。

日程が決まり、当日が近づくと、誰かが「今回は〇〇〇(ワイン名称)を持参予定!」とグループのメッセンジャーに書き込む。すると、「なら私は△△」「では、シャンパン担当になります」といった感じで連鎖していく。当日のやりとりは、持ちものがかぶらないよう、おつまみ情報が主。まだ何も決めていない人は、最後の方に「バゲットがないようなので、私はそれを!」といった流れでワインに合う食べ物がひと通りそろう。

今回の主役は、イタリアの至宝と称されるサッシカイア。特別な一本を差し出せば、それに呼応するかのように、ムルソー、ロッシィ・バス、モエ・シャンドン ロゼといったボトルがテーブルに並んだ。今夜は、ことのほか豪華な顔ぶれとなった。

レストランで、同じラインナップを再現しようものなら、総額は数倍に。かといって、自宅でやると、ホストに相当な負担を強いることになる。
マンションのパーティルームには、こうした経済的・実務的負担を軽減かつ分散させるメリットがある。場所代は、頭数で割ると一時間数百円。都心の地価からは信じられないような廉価な使用料で、(住人が一人いれば)一時的に「自由な広場」を借り受けることができる。この価値は大きい。実際に使ってみると、それがとてもよくわかる。  

さらに、レストランでもない、自宅でもない「もう一つの居場所」とでも言うべきこのパーティルームでの集まりには、「去り際の潔さ」みたいな独特の終わり方がある。 というのも、共用の施設である以上、利用終了の時間は厳格だ。時間が来れば、誰からともなく片付けが始まる。テーブルを拭き、ゴミをまとめ、グラスを洗う。居酒屋でダラダラと続く二次会の誘いや、深夜にタクシーを待つ気怠さとは無縁の世界なのだ。

お互いの職業や年収、詳しいバックグラウンドを根掘り葉掘り聞いたりはしない。もちろん、名刺交換もない。ただ、目の前のワインの香りの開き具合に驚き、美味しいチーズやシャルキュトリの店を教え合う。その「浅さ」が、かえって都会の孤独を癒す。深い干渉はないが、参加メンバーの誰かが、この建物に住んでいるという事実が、わずかな居心地の良さに繋がっているのかもしれない。

有明にはじまり、麻布十番、港南、武蔵小杉、三田など多くのパーティルームを利用してきた。インテリアや眺望、使い勝手はそれぞれだ。ただ、竣工が新しくなるほど、設備も広さも過度な豪華さはなくなった気がする。

マンションの企画開発担当者は、まさかこんな光景を想像してはいなかったはずだ。地縁や職縁が先にあるのではない。共用施設という「箱」が先にあり、そこを利用することで生まれた緩やかな集まりが、10年以上続くコミュニティへと育っていることに。

※実際の出来事をもとに構成したフィクションです。

文・樹山ハル / イラスト・越智あやこ / 企画:(株)PRエージェンシー